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2019年10月18日

本屋大賞2018年ノンフィクション本大賞受賞作家!
探検家 角幡 唯介さん×マーモット対談

日本のノンフィクション作家・探検家として二足の草鞋を履く、角幡 唯介さん。角幡さんが探検に行く際、持っていくウエアの一つにマーモット製品があります。何度も試行錯誤を繰り返しできた商品開発秘話や探検時のエピソードなど、商品化に携わったマーモットのデザイナー佐藤さんと一緒にお話を伺いました。(TEXT|中島英摩)

角幡さんとマーモットとの出会い

角幡さんがマーモットと初めて出会ったのはいつのことでしょうか。

角幡:マーモットはもともと学生の時にシェルジャケットを使っていたんですよね。
世の中には付加価値 というか必要のない機能が付いているウエアが多い印象ですが、シンプルなデザインのものが欲しいわけですよ。例えばシェルジャケットだったら上下共に裏地のないペラペラのゴアテックス一枚生地が基本で、あとは動きやすいデザインであればいいという感じですね。
マーモットとの出会いは、学生の時にアウトドアショップでシェルジャケットを見つけて、シンプルで使い易そうだなと思ったので買いました。
結構長く使っていましたよ。5年くらいかな?当時お金もそんなにあるわけじゃないので、一度買ったものはずっと使っていました。

佐藤さんにとって、角幡さんに初めてお会いした時の印象はどのようなものでしたか。

佐藤:探検家である角幡さんには、お会いする前は圧倒的なパワーのある方なんだろうなぁと思っていました。もちろんそれはあったわけなんですが、一方で、すごく物腰が柔らかく、笑顔が可愛らしくて。冒険の時とのギャップが素敵だなぁと思います。経験がそういった内面の部分を引き出しているのだと感じましたね。話も面白くて、とにかく引き込まれるんですよね。

出会った当時の様子を思い出しながら語る角幡さんとマーモットのデザイナーの佐藤さん

探検家としての持ち物とマーモットの試行錯誤

今までに行かれた極地探検や現在に至るまで、探検の際に持って行った衣類について教えてください。

角幡:極地に行き始めた時点で、すでにマーモットのウエアを使っていました 。初めて北極に行った2011年は、グリーンランドバッフルドジャケットとヒマラヤなどで使うようなダウンを持って行ったんですよね。ダウンは、ヒマラヤなどのベースキャンプにいるようなシーンではいいんですけど、1ヶ月とか2ヶ月行動し続ける時には、どうしても湿っちゃって不便なんです。
テントの中でも、呼吸や炊事で結露して常に湿度が高くて、ダウンの上も下も濡れちゃう。下はまだ気にならないんですけど、上はどうしてもヘタって2週間くらいで保温力が落ちてしまって。耐え難い寒さに襲われるわけでもないので、、それでもなんとかなるんですけど、すごくストレスがかかるんですよね。

白夜であれば、ダウンを使っても行動中に乾き、テントの中も温かくなるのでいいと思うんです。実際、2011年の時は3月中旬から5月の中旬まで雪と氷の中を歩いたけど途中から白夜のようになったから、ダウンが必ずしもダメだとは思わなかったんですけどね。その後コンディションの悪い冬に旅を続けていて、極夜という特殊な環境だから防寒にしても寝袋にしても試行錯誤が必要だなと思いましたね。

それで、ダウンではなく化繊の製品を使うようになったということでしょうか。

角幡:その前に毛皮を試したんですよ。地元の人がよく着ているのは、シロクマのパンツにアザラシの靴、上はカリブー(トナカイ) の毛皮ですかね。ウサギの毛皮が温かいと聞いたので、ウサギの毛皮を買って自分で縫って、現地に住んでいる方に頼んで毛皮の上に生地を1枚合わせてもらったんです。 すごく温かくて、これがあれば冬でも死なないなぁという安心感はあるんですけど、汗を吸いこんで乾かないんですよ。夜それを脱いで置いておくじゃないですか、そうすると朝起きて着ようと思ったら鎧みたいにガッチガチなんですよ 。100年前の探検家も同じこともやっていたと思うんです。それに、ウサギの毛皮 はちょっと弱くて、無理やり着ると破けたりするんですよね。これは長期で使うにはちょっと問題だな、と。その後にウエアの開発をお願いしたんです。

2016年から2017年にかけての最初の製品開発の時ですね。その時はどんな要望を出されたのでしょうか。

角幡:濡れるのは仕方ないんです。なので、その時は 、分厚いフリースを作ってほしいと伝えました。フリースなら濡れても速乾性があるだろうし、凍って固くなるようなことはないでしょうから。確か僕は、家で使うような毛布でジャケットを作って欲しいって言ったんですよね。でも 、作り手側としてはそうはいかないですよね 。佐藤さんから化繊の生地を紹介していただいて、それで作ることになりました。  それを着ていった時の滞在で、一番寒い日でマイナス42度くらい。寒いことは寒かったですし、もちろんダウンの方が温かいとは思うんですけど、化繊のジャケットだって、寒くてどうにもならないということはなかったですね。

毛布でジャケットを作ってほしいといった要望も出るなかで、開発の際にはどんな苦労や修正があったのでしょうか

佐藤:“毛布みたいな生地”ということで、ハイロフトという毛布のようなフリースを表面に使いました。さらに、外気温と体温の差が激しいため、熱がこもらないようにしたいというリクエストに対しては、通気しやすい最新の化繊わたを入れました。
ただ、表面がフリースだと使いにくいということで最終的には表生地を張り合わせることでいくつもの素材を何層にも重ねて仕上げました。

リクエストされている内容を実現するだけではなくて、自分なりに動きやすさと軽さを考えた上で、柔らかいハイロフトを選びました。化繊わたについても、薄い生地しかなかったので何枚にも重ねる構造にしたのですが、動きやすさを考えて、脇下は2枚、身頃は3枚といった風に部位によって重ねるという工夫を施しました。表から見ると普通の防寒着ですが、内部の構造により着心地と動きやすさが向上できたんじゃないかと思います。

試行錯誤を経て作られた、探検時用の化繊わたジャケット

そこからさらに次の探検に向けて新しいものを開発・使用し始め、現在もアップデート中とのことですが、第二弾についてはどんなリクエストがあったのでしょうか。

角幡:今年から犬ぞりに変えたんですよね。1月から5月までの活動は犬ぞりの訓練だったんです。それで犬ぞり用のウエアを作ってほしいなと。

佐藤:化繊で、生地はもう少ししっかり、サイズも大きくというようなリクエストでしたよね 。

角幡:そうですね、中に防寒着を着るので前回のウエアよりももうちょっとダボッとしていてもいいかなと。今まで自分で引いていたそりでは行動中に防寒のウエアは着なかったんですよ。動いていると基本的に暑いですから。でも犬ぞりの場合は、自分は犬に指示を出すだけで動かないから寒い。ただ、犬ぞりだと氷河だったり、犬が行く方向が分からない場所では、そりを下りて押したり誘導したりすることもあるので、一時的に暑くなってしまいます。  そういう時に脱ぎ着できるものがいいなと。

佐藤:マーモットとしては角幡さんの要望を形にするために提案したのが「プリマロフト」でした。プリマロフトは軽いものや厚みのあるものなど、新しいものが出てきています。さらに、化繊わたのなかでも しっかり撥水剤を纏っているのがプリマロフトで、そういったメリットを考えて紹介させてもらいました。  

角幡:プリマロフト って重いというイメージがあったけど、現物を見た時にあんまり重くないなと思ったのと、従来からある素材としては実績もありますから。

オレンジ色だと目立ってしまう!?

佐藤:最初のサンプルは、素材メーカーから届いたもののなかで、いいなと思ったものが、たまたまオレンジ色で。目立ちますし、それを使って一度作らせてもらったんです。 ところが角幡さんからの答えは予想外のものでした。

角幡:アザラシ狩りをしたいので、オレンジだと目立ってダメだろうなと思い変更をお願いしました。アザラシ狩りって、100mくらい接近して、ついたてのようなもので上半身を隠して行うんです。もう、逃げられたら終わりなんですよ。呼吸穴という所から海の中にポチャンと入ってしまう。だから下はシロクマ色、上は目立たない地味な色にしてほしいとリクエストしました。地元の人も狩りをする時は、灰色などの地味な色しか使わないんですよね。蛍光色や原色よりもとにかく地味な色がいいんです。かっこよさよりもとりあえず実用性ですね。

佐藤:目立たない色の方がいいというのは意外でしたね。白に関してはリクエストを聞いて「なるほどな」と気付かされました。汚れなどを考えると、滅多に白で防寒着を作らないですから。

探検時に実際に履いたシロクマ色(白)のパンツ。
足首の部分は自分で補修しカスタマイズして使っていた。

角幡さんの実体験をもとにできた、新商品「Warm Parbat Jacket」

新商品の特徴や角幡さんのウエアの開発から得て反映された部分はどんなところでしょうか

佐藤:新商品「Warm Parbat Jacket」を作る上では、プリマロフトが極夜という過酷な状況でも使えるということを実証していただいたので、自信をもって企画することができました。生地を重ねることで保温力に繋がり、ジャケットとしての深みを持たせることができると角幡さんに体感してきてもらったので、そのノウハウを踏襲しベーシックな商品に落とし込みました。
これまでよりも、軽さと保温力を実現できたのではないかなと思います。検証データは数値化されるわけですが、実際にそれがどのくらいのパワーがあるのか、重ね着などではどうなのか、そういったことを角幡さんに 試していただいたということです。

角幡:思うんですけど・・・、商品がかっこいいじゃないですか。(笑)
かっこよすぎると街で使いたくなるんですよね。貧乏性だから、山で使うともったいないなんて思って使えなくなっちゃいますよ。山で使ってかっこわるくできないじゃないですか。

佐藤:確かに見た目はタウンユースでも映えるデザインなのですが、山のギアとして使える素材を採用しているので、フィールドでも着用していただける 仕様になっています。もちろん街着としてのニーズもあるなかで、かっこよく 仕上げるということが僕の使命だと思って作っています。角幡さんにかっこいいと言っていただけてすごく嬉しいですね。

一般的にはダウンを着る方が多い印象もありますが、ダウンと比較して化繊わたであるプリマロフトのメリットはどんな部分があるでしょうか。

佐藤:化繊わたの特徴は、濡れても温かいということですね。撥水ダウンなどもあるので、撥水力もダウンが化繊に追いついてきていると思いますが、それでもダウンは自然のものなので、長年着ているとヘタってくることもあります。化繊わたでシート状のものはその心配も少ないのです。 保温力としてはダウンのほうが温かい時もありますが、長い目でみるとシーンによっては化繊わたのプリマロフトも正解のひとつなんじゃないかなと思いますね。ダウンも化繊わたも一長一短。マーモットではダウンの商品も作っています。角幡さんにプリマロフトを採用したものを探検で使っていただくことを通じて、そこで明らかになった機能を落とし込んだのが今回の商品です。

実際に、昔のダウンと化繊わたの商品を見ると化繊わたの方はどちらかというと表地の欠損が見えてくるくらいでロフト感はあまり変わらないものもあります。 ぜひ比較検討してみてほしいです。

角幡さんにとって「探検」とは?

最後に、角幡さんにとって「探検」とは何でしょうか

角幡:僕は“書く”ということもやっていますから、今はどちらかというと書く方が目的の半分以上を占めていますね。僕は、探検や冒険というのはシステムの外側に出ることだと言っているんです。システムの外側に出ると、それによってシステムの内側にいる日常的な世界の人達が見えない世界が見えてくる。 じゃあ日常的な世界の限界はどこにあるのか、いま僕らが現代社会で生活を営んでいるシステムの限界・現状が見えてくるんですよ。極夜に行くと、月の灯りや星が切実なものになってくるんです。月の灯りによって行動できる、自分の居場所がわかる。そうすると月に翻弄されたり、月に対して腹が立ったりして。そういう切実な関係を自然と結ぶことによって、月や太陽が人間にとって何だったのかということがわかってくるんです。 文明社会以前の人間の「生」の中核的な部分に天体があったんだな、と。僕らがそういうことを考えなくなった今、現代社会が一体何を失ったのかということを、自分が探検することによって批評できるわけです。この批評性に価値や面白みがあるんですよね。批評したい、それがモチベーションですね。それがなかったらこんな大変なことは止めていると思うんです。年齢的にもきついし、子供と遊んでいるほうがいいなと思ったりもしますよ。 若い頃は目的が冒険や探検というだけなら勢いだけでも行けましたけど、年齢と共に勢いはなくなってくるから別のモチベーションを持たないといけない。やる気はあるけどモチベーションが続かなくなるじゃないですか。だけどやっぱり書きたい、表現欲求が上回っているから続けていますね。

■ 角幡 唯介さんトークイベントのお知らせ

日時:2019年11月8日(金)
場所: Marmot ALBi 大阪店
時間 :18:45~19:30
限定20名 無料ご招待
※定員になり次第締め切ります。

※ 角幡 唯介さん がMarmot ALBi 大阪店にやってきます!イベントでは、北極探検や犬ぞりの話など、なかなか聞くことのできない貴重な冒険のエピソードをお話いただく予定です。

ぜひ、お誘いあわせのうえMarmot ALBi 大阪店へご来店または、お電話でお申込みください。

〒530-0001
大阪府大阪市北区梅田3-2-135 ALBi内
営業時間: 11:00~21:00
TEL: 06-6347-0008

<プロフィール>

角幡唯介(かくはた ゆうすけ)

1976年生まれ。新聞記者を経て作家、探検家として本格的に活動を始める。2002〜2003年、2009~2010年の2度、単独でチベット、ヤル・ツアンポー川大峡谷の未踏査部を探検。その探検記を綴った『空白の五マイル』(集英社刊)が「第8回開高健ノンフィクション賞」「第42回大宅壮一ノンフィクション賞」などを受賞。『アグルーカの行方』(集英社刊)が「第35回講談社ノンフィクション賞」を受賞。2016~2017年、単独で北極圏の「極夜」を探検。その探検記を綴った『極夜行』(文藝春秋刊)が「第1回Yahoo!ニュース | 本屋大賞 ノンフィクション本大賞」を受賞。

<プロフィール>

デサントジャパン株式会社
アウトドア営業部
アウトドアMD課 デザイナー
佐藤 史佳

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