4ヶ月でフルマラソンの自己ベスト更新を狙うー。そんな挑戦を行っているのが「デサントランニングプロジェクト」です。
このプロジェクトでは、デサントの新厚底シューズ「DELTA PRO RACE」を履いたランナー4名が、9月からトレーニングを始め、12月29日に行われる大会「Beyond 2022」で自己ベストに挑みます。
4名の挑戦をサポートするのは、独自のメソッドを持つランナー向けトレーニングジム「RUNNING SCIENCE LAB(以下、RS LAB)」。
スタートから1ヶ月半が経ち、メンバーはどんな現状なのでしょうか。また今回、自己ベスト更新のカギを握る能力「VO2max」についても、この記事で深掘りしていきます!
まずはランナーが最初に行った現状把握をおさらい
プロジェクトが始まった9月初頭、4名の挑戦者は、まず「現状の能力把握」を行いました。
具体的には、RSLABにて「ランニングアビリティ測定」を行い、各々の強み・弱みを数値化。おもに、以下3つの能力を測定しています。
■VO2max
最大酸素摂取量。そのランナーが1分間に利用できる酸素摂取量の最大値。
■AT水準
VO2max(利用可能な酸素摂取量の最大値)に対して何%の水準にAT (Anaerobics Threshold)値が到達するかの能力。数値が高いほど、追い込んだ状態を維持でき、マラソンを走り切るための1つの指標となります。
■ランニングエコノミー
ある決まった走速度での酸素摂取量(VO2)。少ないエネルギーで効率良く走る能力の目安。
詳しくは前回記事を参照
プロジェクトのメンバーである阪本奈々さんと松下孝洋さんも、9月にアビリティ測定を実施。
その結果、阪本さんはランニングエコノミーが高く“走りの効率”が良いものの、VO2maxが低い傾向に。一方、松下さんはVO2maxが高い反面、ランニングエコノミーが弱点。好対照な結果になりました。
この測定をもとに、2人には今後の練習テーマが与えられました。RSLABの林貴裕さんが説明します。
「9月〜12月末の4ヶ月間で、2人の弱点を解消していくのが目標です。阪本さんはVO2maxを少しでも上げること、松下さんは効率的な走りを身につけて、ランニングエコノミーを向上していきましょう」
ランナーが行う、自己ベストのための練習メニュー
前回の測定以降、メンバーにはRSLABから練習メニューが提案されています。その一部を紹介すると、たとえばメンバー共通のメニューとして、週1回、以下のインターバルトレーニングが提案されています。
■メンバー共通のインターバルトレーニングメニュー
1週目:2000m×8〜10本
2週目:5000m×2本
3週目:1000m×5本+3000m
この練習でポイントになるのが、ただ距離をこなすだけでなく、ペースまで指定されていること。
「アビリティ測定の結果から、それぞれAT値(※体内の疲労物質の分解が追いつかなくなる地点)に近いペースタイムを設定しています」(林さん)
このペース設定が厳しいようで、阪本さんが「鬼のメニューです!」といえば、松下さんも「かなりキツいですね」と笑います。
このほか、メンバーごとの練習メニューや、RSLABで行える低酸素トレーニングも加えているとのこと。
阪本さんは、仕事の忙しさから「9月〜10月中旬は思い通りの練習ができなかった」と反省。とはいえ、トレーニングの効果は感じているようで、「以前と同じペースで走っているつもりでも、タイムを見ると自分のイメージより速いことが増えました」といいます。
松下さんは順調に練習を積めており、この直前にはフルマラソンの大会に参加。そこでも測定結果が役に立ったようです。
「自分はランニングエコノミーやAT水準に弱点があるとわかったので、それを意識しながら走りましたね。途中で苦しくなっても『ここでガマンすればAT水準が上がるんだ!』と言い聞かせて(笑)」
履いて1ヶ月半。ほかの厚底シューズとの違いを実感
このプロジェクトは、デサントの厚底シューズ「DELTA PRO RACE」を履いて挑戦します。開始から1ヶ月半、実際に走ってみてシューズにどんな印象を持ったのでしょうか。
「個人的には、バランスの良さを感じますね。カーボン入りの厚底シューズは何足か履きましたが、フォアフット走法でないと反発力をうまくもらえない印象でした。ただ、このシューズはかかとから着地してもブレずに反発力をもらえますね」(松下さん)
松下さんは、疲労が蓄積するとかかとからの着地が多くなるようで、体力的にきつい場面でも推進力を得られるのはメリットだと感じたようです。
DELTA PRO RACEは、カーボンの反発力を出しつつもソールの安定感を大切にした設計。RSLABの林さんは「おそらくその安定感があるので、かかとから着地してもブレずに弾むのだと思います」と考察します。
対する阪本さんは、初めてカーボン入り厚底シューズを履いたのですが、「徐々にシューズの機能を活かせる走り方がわかってきた」と好感触。カーボンの作用で足がいつもより前に出るのですが、そこでバランスを崩さず、推進力を利用した走りになってきたようです。
なお、こういったカーボン入りの厚底シューズで走ると、普段より足が前に出やすい分、股関節の可動域を広げることが重要に。柔らかくしておかないと逆に負担がかかることもあります。
そこでこの記事の最後には、股関節を柔らかくするトレーニングを林さんが動画で紹介。こちらもぜひ見てください。
なぜ「VO2max」から取り組むべきなのか
メンバーの状況を確認したところで、ここからは自己ベストを出すための具体的な戦略を考えることに。そこで「まず大切なのはVO2maxの向上です」と語るのは、RSLABの杉山虹さん。
「VO2maxを詳しく表現するなら、なるべく多くの酸素を取り込み、体の隅々に届ける能力。いわば車のエンジンで、この数値が上がると、ランニングエコノミーやAT値も上がりやすい傾向に。すべての基本になる能力です」
VO2maxを上げるには長期間(おおよそ2〜3ヶ月)必要であり、他の数値より時間がかかるとのこと。そのため「最初に取り組むのが基本」だと杉山さんはいいます。
「逆にマラソン2ヶ月前を切ったら、ランニングエコノミーなど、短期間で上がる数値に特化した方が良いでしょう」(杉山さん)
なお、松下さんが計測した68.1(mL/min/Kg)というVO2maxは、一般的には高い数値。しかし、トップクラスのランナーになると80近くを出す人も多いのだとか。
また、フルマラソンで“2時間切り”を達成するには「およそ84のVO2maxが必要だと言われています」と、林さんは付け加えます。
機材なしで数値を測定するには?
自身のVO2maxを知るには、特殊な機材で測定するのが基本。そのほか、スマートウォッチでも推定値を出せるものがあり、ひとつの目安になります。
また、正確な数値は分からなくても、自分のVO2maxが以前より上がったのか確かめる方法として、杉山さんはこんな提案します。
「Cooper test(12分間の持久走)を行い、走った距離を計測してください。Cooper test は、持久能力を測定するためには効果的なテストであると言われており、ハーフマラソンの記録と高い相関があると報告されています[1]。もしその時間内で走れる距離が伸びていれば、酸素を使う能力も向上した可能性が高い。もちろん他の要素も影響しますが、VO2maxの変化を知る一つの手がかりになります」
VO2maxを上げるトレーニングとは
では、VO2maxを上げるためにどんなトレーニングをすれば良いのでしょうか。特に阪本さんはここが弱点であり、対策が必要になります。
今回は、⑴きっちりトレーニングできる日、⑵仕事終わりに練習したい日、⑶短時間かつ室内で済ませたい日の3パターンに分けて、VO2maxのトレーニング方法を聞きました。
⑴きっちりトレーニングできる日
高負荷のインターバルトレーニングが有効です。全力疾走を100%として、80〜100%のランを行い、その後しっかり休憩。またランをして休憩というサイクル繰り返します。
⑵仕事終わりに練習したい日
2000m×3〜4本、5000m×1〜2本のランを行いましょう。ペースは上より少し落とします。また、全力でこげるエアロバイクがあれば、タバタ式トレーニングも有効。全力で20秒こいで10秒休むトレーニングを8セット行います。
⑶短時間かつ室内で済ませたい日
上記のタバタ式トレーニングのほか、バービージャンプのような大きく体を使う運動を行いましょう。全身運動はVO2maxと関連性が高いためです。少し息が上がるペースがベストです。
こういった説明のあと、2人は外に出てインターバルトレーニングを実施。1人の練習よりも高いモチベーションで走れていたようです。
2人に別々の課題。残りの期間をどう過ごすか
最後に、RSLABから2人へ「今後の課題」が提示されました。阪本さんの課題は、まさしくVO2maxの向上。インターバルトレーニングの徹底とともに、ウェイトトレーニングも取り入れるように伝えられました。
「VO2maxは筋力も関わってきますが、阪本さんは筋肉量が少ない様子。その点もカバーしていきましょう」(林さん)
一方、松下さんのVO2maxは高いので“維持”に徹し、ランニングエコノミー向上のために長い距離を走るようアドバイスしていました。
なお、10月末にはメンバー4名が20km走を実施する予定。その結果をもとに、今後の強化メニューを考えていくようです。
12月29日の「Beyond2022」で自己ベストを目指す4名。RSLABのサポートのもと、プロジェクトはまだまだ続きます。次回の記事配信もお楽しみに!
文/有井太郎
引用文献
1. Alvero-Cruz, J.R., et al., Cooper Test Provides Better Half-Marathon Performance Prediction in Recreational Runners Than Laboratory Tests. Front Physiol, 2019. 10: p. 1349.